
原告の井上敦子と申します。札幌市内で大学の非常勤講師をしております。
ここ数年、北海道電力泊原発での事故を想定し、道や関連地方自治体等が行う、北海道原子力防災訓練の参観に何度か参加してきました。また自分でも、泊原発の事故に備えた住民避難計画が、どのようになっているのか、関心をもって調べ、泊原発のある後志に通ううちに、福島と同様の事故が起きた場合、住民が安全に逃げることなど、とうていできないと思うようになりました。
たとえば、人口1万3000人の岩内町です。
岩内町では、海辺に立てば、ちょうど対岸にあたる泊村の3基の原発が、それこそ腕を伸ばせば届くように、よく見えます。
けれど、泊原発で全電源喪失というような危機的な状況になっても、この岩内町では避難指示が出されません。原子力規制委員会が定めた原子力災害対策指針によって、原子炉が危機的状況になったときに避難指示が出るのは、PAZと呼ばれる5キロ圏内とされているからです。岩内町はぎりぎりで5キロ圏外30キロ以内のUPZに入ります。
避難指示が出ないのは、原子炉が炉心損傷に至り、放射性物質が放出されるようになっても同じです。ご存じのとおり、実測値が毎時20マイクロシーベルトを超えない限り、そしてそれが一日程度続かない限り、避難指示(指針では「一時移転」という言葉を使います)は出ないからです。
20マイクロシーベルトというのは、全村が避難せざるをえなかった飯舘村の、事故後まもなくの放射線量だということです。現在国が、福島県において帰還の基準としている年20ミリシーベルトの毎時換算値3.8マイクロシーベルトの5倍以上。一般人の年間追加被ばく線量年1ミリシーベルトの毎時換算値0.23マイクロシーベルトの87倍の線量です。
目の前に見える原発で異常事態が起きている。5キロ圏内の人たちは避難して行った。その中で、安定ヨウ素剤の配布を受けることもなく、放射能測定値があがっていくのを、岩内の人たちは見守らなければならない。安定ヨウ素剤は、避難指示が出たときに、集合場所で配布することになっているので、この時点では手に入らないのです。
PAZに含まれている泊村と共和町について考えてみると、実際には5キロ圏内に住んでいるのは3000人弱で、併せて5000人以上が5キロ圏外に住んでいます。同じ村、同じ町に住んでいて、親戚であり知り合いでありながら、その時、出ていく人と残る人に分かれる、そういう計画になっています。5キロ圏内から出ていく人たちは、ふたたび故郷に戻ってこられるだろうかと、身を切られるような思いでバスに乗るのでしょう。残る人は不安の中で時間を過ごすことになります。
北海道電力泊原発のUPZ圏内には約7万5000人が住んでいます。
この7万5000人には避難指示が出ずに、どのような指示が出るかというと、屋内退避の指示がでます。屋内退避に際しては、すべての窓、扉等の開口部を閉鎖すること。すべての空調設備、ファンヒーター等を止め、外気の流入を防止すること。できるだけ窓際を離れて屋内の中央にとどまること、などが指示されることになっています。締め切って空調もヒーターも切るのです。真夏でも、冬でも。そこには赤ん坊もいるし、子供もいる、高齢者も病人もいるのですが…
そして屋内退避をしていた間に放射線量が毎時20マイクロシーベルトに達したら、汚染された環境の中を、避難するのです。そのとき安定ヨウ素剤が配布されますが、集合場所の一つである岩内高校では、2169名に対しての配布に計算上では4日間かかると、岩内町長が昨年町議会で答弁しています。
IAEAの基準に基づいて線引きされた5キロという数字ですが、東京電力福島第一原発事故では、事故翌日の夕方には20キロ圏に避難指示が出され、4月22日には20キロ圏内への一般人の立ち入りが禁止されています。5キロという数字に科学的・合理的意味があるとは思えません。
そしてさらに30キロ圏を超えると、北海道電力泊原発での事故に対する、住民の避難計画自体が存在しません。安定ヨウ素剤の備蓄もありません。UPZでの避難の基準である毎時20マイクロシーベルトの根拠となった飯舘村は、原発からおよそ40キロの距離にあるのにもかかわらず。
「北海道地域防災計画原子力防災計画編」を読むと、非常に緻密な印象を受けます。原子力防災訓練を参観すると、道や各自治体の職員の方々も、尋ねたことに丁寧に答えてくださいます。しかし、実際に避難する場面を考えると、矛盾が大きいのです。
また、北海道原子力防災訓練では、津波被害や暴風雪の中、炉心損傷に至ったという設定にもかかわらず、その日の午後3時ごろには無事収束するというようなシナリオになっています。
結局、原子力防災訓練を行っても、北海道電力泊原発で苛酷事故が起きれば、住民の多くは被ばくを避けることができないのです。しかも海底活断層や敷地内の断層に関する北海道電力の主張や、地盤液状化の可能性を指摘された防潮堤について考えると、北海道電力が自ら真摯に安全対策に取り組んできたとは言い難いのではないでしょうか。
北海道電力泊原発が事故を起こしたとき、予想され、心配されることは数え切れなくあります。例えば上空に放射能の雲―プルームがあり、雪が降ったら、放射性物質となった雪の中を、人々は逃げることになるのだろうか。子供たちは雪道で遊ぶどころか歩くこともできなくなるのだろうか。そして雪解けのころ、排水溝は、川は、水源地はどうなるのだろうか。
本当に、泊原発で苛酷事故が起きたら、私たちの健康、私たちの生活、北海道の産業は、どうなるのだろうか。
そして思います。なぜそのようなリスクを、一電力会社の当面の利益のために、私たち道民全てが負わなければならないのだろうか、と。
どうかこのことを心に受け止め、泊原発を廃炉にする判決を下していただきたいと願っております。