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泊原発廃炉訴訟について

● 意見陳述

小野有五 宍戸隆子

常田益代 森山軍治郎

熊谷佳子 清水晶子

村上順一 竹村泰子

林恭子 佐藤英行

斉藤武一 西尾正道

意見陳述

● 森山軍治郎・意見陳述内容

泊原発訴訟とともに四半世紀



1. 5万人原告団による泊原発差し止め訴訟の原告代表の1人だった私

・1988年8月提訴、1999年2月地裁判決
・私が原告となった理由
① 放射能自体に対する恐怖(広島、長崎などでの原爆)
② 高レベル放射性廃棄物(または使用済み核燃料)の最終処分が不可能―1980年代、最終処分地として幌延が最有力候補
③ 1986年のチェリノブイリ原発の大事故
・敗訴。判決文末尾の文章―「自分たちの子どもに何を残すのか。多方面から議論を尽くし、賢明な選択をしなければならない」


2. 判決文末尾の指摘にもかかわらず、敗訴になった理由はなにか

① 国策としての原発推進
② 北電はじめ電力会社の「絶対安全」宣伝。「安全神話」の増幅―“日本の原発はチェルノブイリとは違う。ソ連(当時)とは違って日本の科学技術はきわめて優秀だから、日本の原発は絶対安全だ”
③ 裁判官の主体性不足、倫理観不足、勉強不足。原告団長・斉藤武一氏「裁判長をはじめ判事の方々にも、表に出ている問題はもちろんのこと、隠されている問題も含め、泊原発の問題を徹頭徹尾勉強してもらわなければなりません。裁判長が正しく勉強してこそ、公平な判決を導くことが出来るからです」(『訴状』)事故後、北電トップの認識


3. 福島第一原発事故に対する北電会長・社長の認識

近藤龍夫会長(当時)―「安全の砦と信じてきた(原子炉格納容器や原子炉建屋など)『5重の壁』が瓦解した。現実と思えず、悪夢としか映らなかった」(2011年4月28日付『北海道新聞』)佐藤佳孝社長(当時)・現会長―「泊原発は福島のようにはならない」。「泊は格納容器の炉型が福島とは違い、10倍の容積がある。仮に水素が発生しても濃度はあがりにくい」。「同じ災害にあっても、泊はああはならない」(『財界さっぽろ』2011年5月号)

4. 今回も原告となった理由

① 1988年に提訴したときの「私が原告となった理由」と同じ
② 1988年に提訴した「泊原発差し止め訴訟」敗訴の10年後に泊原発3号機の運転開始で危険拡大
③ 2011年3月11日の福島第一原発が大事故を起こしたこと。収拾の目途が立っていないこと


5. おわりに(ごく最近の流れ)

① 2012年の総選挙で原発推進を積極的な公約とする有力政党は存在しない(自民党―「原発に頼らない北海道を目指すため、新エネルギーの可能性を徹底的に掘り起こす」、維新の会―「エネルギー供給体制を賢く強くする」)
② 専門家による調査の結果、敦賀原発の「原子炉直下に活断層」の可能性が高く、廃炉になる可能性も強くなった(12月12日現在) 泊原発を廃炉にしてほしい


(原告・森山軍治郎)