はじめに

二〇一一年一一月一一日、私たちは、六一二人の原告、六八人の弁護団で、札幌地方裁判所に、「泊とまり原発の廃はい炉ろ を求める訴訟」を起こしました。

三・一一の東日本太平洋沖地震と津波によって福島第一原発は致命的な事故を起こし、放射性物質の放出は事故から一年半以上たった今も続いています。「絶対に安全」と電力会社が宣伝してきた原発は、地震と津波によってもろくも壊れました。地震が起きて原子炉は運転を停止しましたが、高熱になった炉心を確実に冷やすことができなければ、また、放射性物質を完全にとじこめておくことができなければ、原発はとんでもない災害をもたらすということを、私たちは学びました。

そういう意味で、福島第一原発の事故は、原発という巨大なシステムが、実はいともかんたんに壊れてしまうことを、白日のもとにさらしてくれたと言えるでしょう。たとえ原子炉本体には異常がなかったとしても、冷却装置のどこかが止まっただけで、細い配管の一つが壊れただけでも、原発はすぐに危険な状態になってしまうのです。

札幌から七〇〇キロ以上も離れた福島第一原発の事故でも、北海道への観光客は激減し、一時は北海道の農産物さえ売れなくなりました。太平洋岸にあった福島第一原発では、原発から出た放射性物質の八〇パーセント以上は、そのまま西風にのって太平洋に出てしまったと言われています。

北海道も含めて、日本列島の上空には、つねに西風が吹いています。北海道の西の端にある泊原発が事故を起こせば、そこからの放射性物質は、風にのって全道に拡がってしまいます。

この本の口絵には、東京の環境総合研究所によって出されたコンピューター・シミュレーションの結果の一つを載せました。北海道でもっとも多い、西風が吹いているときの放射性物質の拡散の様子です。また、西、西北西、北北西、北北東から風が吹いたときのシミュレーション結果を示しました。北海道の半年は冬であり、このような風向が多くなるからです。

泊で福島第一原発のような事故が起きれば、二〇キロ圏内、三〇キロ圏内などという生易しいものではなく、道内すべての地域が、放射性物質によって、人間がもはや安全には住めないレベルに汚染されてしまうことがわかるでしょう。道東や道北は描いてありませんが、西風が吹けば、汚染物質は日高山脈を越えて道東にまで拡散します。夏には南からの風が入り、汚染は道北にも拡散するのです。

一口に言えば、北海道は全滅します。道民は住むところを失います。
そういうことが起きないように、私たちは、この七章からなる本を書きました。

どこからお読みいただいてもかまいません。

第一章では、なぜ私たちが提訴に至ったか、を書きました。
第二章では、原発というものがそもそも抱えている倫理的な問題点について書きました。
第三章は、泊原発で福島第一原発のような事故が起きたら、というのは架空の話だろう、と思っておられる方のために書きました。福島第一原発を襲ったような大地震と巨大津波が、日本海から泊原発に襲いかかる危険性が高まっているからです。
第四章は、泊原発は事故を起こした福島第一原発とはちがうタイプの原子炉だからだいじょうぶ、と思っておられる方のために書きました。泊原発のような加圧水型の原子炉にも、構造上の弱点がたくさんあるのです。そもそも原発は、老化しただけで事故を起こすかもしれません。
第五章では、ひとたび福島第一原発のような事故が起きたらどうなるか、について書きました。
それは、すでに福島の被災者の方々が、身を以てその苦しみを体験されている現実です。
それでも、原発がないと電気が足りないのではないか、北海道はやっていけないのではないか、そう思っておられる方のために、第六章を書きました。今年の夏、すでに証明されたように、すべての原発を止めても、電気はじゅうぶん足りているということをまず知っていただきたいからです。そして、ドイツやスペインのように、原発をやめ、再生可能エネルギーをどんどん増やしているのが世界の先進国の現実だからです。このままでは日本だけが世界から取り残されてしまうでしょう。
第七章では、全国で起きている原発訴訟について書きました。泊だけの問題ではない、ということを知っていただきたいと思ったからです。
そして最後には、私たちが目指している泊原発の廃炉について書きました。一口に「廃炉」と言っても、それはスイッチを切ればすむような簡単なことではありません。福島第一原発のように、重大事故を起こしてしまえば、「廃炉」には一〇〇年以上の時間がかかるかもしれないのです。だからこそ、事故が起きる前に、一日も早く、廃炉をめざさなければならない。私たちはそう考えています。

原発やエネルギーの問題は難しくてわからない、という方もおられるでしょう。推進側、反対側、どちらを信じていいかわからない、という方もおられるかもしれません。そういう方も、どうか、まずこの本を手にとってお読みください。泊原発を今どうすべきか、きっとわかっていただけると思います。この本では、そのほか、何人かの方がたへのインタビューも載せさせていただきました。それらの記事から、さまざまな方の原発についての思いをくみとっていただければ幸いです。

二〇一二年九月二三日 泊原発の廃炉をめざす会